船がコロンボ―に着く前に事務員の一人が、
珍しいお客が来るから、待っていらっしゃい。
と、云った。
どんなお客かと思って目を見張っていると、
誰も来る様子はなかった。
ところが翌朝、看板に出てみて驚いた。
下の方の三等の看板の上に、
50人ばかりのインド人が、寝ているのである。
立っている者もいる。
或いは、日本の釜のような物にご飯を炊いている。
暖かいご飯を
自分の手に取って無造作に摘まみながら食べている者もある。
彼らの中には、婦人や子供も混じっていた。
聞けば、
これらの人々は、労働者で、
シンガボアーに出稼ぎに行くのである。
との事である。
夜は、声を揃えてキリスト教の讃美歌などを歌っている。
船は、シンガボアーに向かって足を進めた。
私の部屋にも、やはりコロンボ―から一人の新しい客が来た。
彼女は、黒い皮膚に黒い髪の毛のインドの上流婦人である。
いつも真っ白い洋服を着ている。
それに、毎朝クリームと粉白粉でお化粧をする。
その結果は、丁度ごぼうの白和えのようで実に可笑しい。
けれど、当人は、それを美しいと、思っているらしい。
彼女は英語を流暢に話し、
何一つ嫌なところはないけれど、
ルヴィス婦人は、大変この人を嫌って、
ついには、事務長に異議を申し立てんとさえした。
しかし、私になだめられて、ようやく納得した。
私は、夫人の気の小さい地方的な行いに、
非常に嫌気がさしたので、却って、インド人に同情した。
兎に角、夫人は、つむじ曲がりに相違ない。
人が命がけで航海しよう。
と、いうインド洋を、
夏の最中に横切って保養しよう。
と、云うのだから。
彼女は時々キャビンに一人で座って、
鞄の中から純白な美しい着物を出して、
懐かしそうに眺めている。
私が用事でもあって急に部屋に入ると、
彼女は慌ててそれを隠す。
私はその様子が如何にも初々しく可愛らしいので、
つまらぬ質問の為に彼女を惑わすのを憚って、
わざと何にも聞かなかった。
しかし、一日、彼女と私とは、
船室でしめやかに話し合うことが出来た。
私から話しかけた。
鶴子
あなた、何しにシンガボアーにいらっしゃいますの。
彼女
結婚の為に行きますの。きまり悪いわ。
鶴子
それですっかり分かりました。
あの、あなたがいつも出して見ていらっしゃる
美しいお着物はご婚礼服?
ちょっと見せてくださいな。
彼女は、同情者を得て喜ぶ者のごとく、
すぐにそれを取り出して見せた。
シンガボアーに着くと私は彼女と惜しき袂を別った。
丁度その時、
その人の婿君たる人が迎えに来ている。
との知らせがあった。
彼女は、いそいそとその方に進んだ。
しばらくして、私は手に手を取って楽しそうに語らひつつ
船を降りていく二人の姿を見た。