船がインド洋に出て、四日目の夜、

またもや英国船に出会った。

その船は、我らに信号を与え、

明治天皇の崩御を知らせたのである。

それは夜の十時頃だった。

船中は、一時に静かになった。

ボーイがそれを知らせに来たときは、

私は例のごとくW博士とIさんと機関長さんと、

お話をしている時であった。

急に沈黙は我らを支配した。

しばらくして、

長く外国にいて、

かかるときに殊更日本に帰るようになったのは、

何か深い意味のある事でしょう。

と、誰かが言った。

船は、その後幾泊もなして、コロンボ―に着した。

W博士とIさんと私と三人は、一緒に町を見物に出た。

ここで初めて日本の人力車を、土人が引くのを見た。

そして、彼らが

奥さん・旦那様

と、呼ぶのを聞くと日本人たる自分達は、

何だか肩幅が広いように感ずる。

私は馬車を駆って街中を見物した。

却って見ると、たくさんの土人が船の上で宝石を売っている。

値段は極めて安いが、傷物や偽物が多いので、

うっかり買うことが出来ない。

そのうちの一人の土人が私のたもとを引いて、

あなたの国の紳士が、私にこんな証明を書いてくれた。

これを見ても私が確かな商人であることが、

お判りでしょう。

と、云う意味を変な英語で話しながら汚い紙きれを出した。

取ってみると、それは日本語で、

此処奴の売っている物は皆偽物なればご用心なさるべし。

と、書いてあった。

私は、この無知の土人が無上に憐れになった。

それで、一番安い石を、

食わせられると思いながら買ってやった。