船は、これらの船中のドラマを外に、
同じ航路を同じ速度で進んでいる。
ジブラルタ―の海峡迄はただ、茫々たる海原である。
ただ、二つモノトニーを被ったものがあった。
一つはある日の昼過ぎ事、
60~70艘ばかりの英国の大軍官が、
威風堂々として進むのにあった事である。
これは、ジブラルター海峡付近における
大演習の帰りとの話である。
他はロンドンを出て、四日ごろ、
急に船が海中に止まった事である。
人々が甲板に急ぐので、
ただ事ならず。
と、私も行ってみると、水夫が一所懸命小舟を下ろしている。
それが、下りると三人の水夫が飛び乗るより早く、
波濤の中へ漕ぎだした。
その指してゆく方を見れば、遥かかなたに一匹の犬が、
波の中から頸をちょこんと出している。
小舟で追いかけて捕まえようとすると、
右へよけ、左へ逃げて容易に捕まらない。
犬は危険の近づいているのを知らないものだから、
楽しそうに海の中をひょこひょこ泳いでいる。
仕方がないからまた、二つの小舟を下ろして、
三方から追い立ててやっと捕まえる事が出来た。
聞けば、この犬は、
ロンドンのある紳士から大切な預かり物で、
何でも沢山の保険の附いているらしい。
いつも下の甲板に鎖につながれていた。
私は時々、その犬が、
あの冷たそうな水の中へ入ったら
どんなに良い気持ちだろう。
と、云ったような顔つきで海の面を眺めているのを見た。
今日は、特別暑いので、いよいよたまりかね、
番人の隙を見て、遂に本望を遂げてのであろう。