教会では、バーバー博士夫妻に紹介せられた。
博士は、エディンバラ医科大学の教授である。
私共は、博士夫妻とご一緒にお宅へ行った。
家は、三階で石作の立派な建物である。
家に入ると博士の令嬢で、
まだ、18歳なるかならぬ位の可愛らしい人が、
私を連れて2階の一室に案内した。
私は、帽子を取り、手を洗い、口を漱いで(すすいで)、
食堂へ行く準備をした。
バーバー博士とアレキサンダー卿とは、
極く近い御親類である。
此日、私共は、バーバー博士のお宅で、
お昼のご馳走を食べる事になってゐたのである。
ご用意がお出来になりましたの。
お出来になったら、御一緒に応接室にご案内致しませう。
と、可愛らしい令嬢の声が聞こえた。
ハイ
と、応えて部屋を出ると、入り口に待ってゐた夫人が、
何もありませんが、用意ができたようですから。
と、言って食堂へ案内された。
食堂は、裏庭に向いた眼醒むるばかり綺麗な部屋で、
大きな景色の額が壁に掛かってゐる。
私は、亜米利加にゐて、
建築は亜米利加に限る。
と、思ってゐたが、其れは、
一を知って十を知らぬ。
と、いうものである。
こんな立派な頑丈な石造りの建物は、
とても米国等には見られない。
一般に、亜米利加では住まいには石造りを好まない。
日本の大学教授等は、
夢見る事もできない立派な建築である。
私は、心に
蘇格蘭の人は、
どうしてこんな家を建てる程のお金を持ってくるのかしら。
と、思った。
軈て(やがて)、席が定められた。
此所に来てゐるのは、
博士夫妻の他に令息と令嬢とのみであった。
此の他に、22~23歳の大学に通っている息子がいる。
しかし、今は、修学旅行の為に外国に行っているさうである。
私は、心に
此の息子の母であるから、
婦人は少なくとの50歳位になられるであろう。
と、思った。
しかし、余りにも美しい為か
まだ27~28歳としか見えない。
今でも原口は、
此の人を西洋美人標本だ。
と、言って話する位である。
食卓では、いろいろ米国の話など、
出たが、夫人は、下田歌子女史に会った時の事を話された。
余程以前にお目にかかったのです。
品性の堅固な容姿の立派な方のように見えました。
今では、有数な女子教育家にお成りださうですね。
と、物語られた。
原口は、主人のバーバー博士に
博士の御親類には、
医学者で熱心なお有りなさる様ですが、
別に理論上宗教上の煩悶は、
起こりませんのでせうかね。
と、問うた。
する御主人は、
学問では宗教の事はわかりません。
と、応えられた。
原口は、
でも、このごろは、
宗教的経験を心理学的に研究せん。
と、する人等がだんだんある様ですが。
と、言ふと、博士は、
成程、ある程度は科学的にわかります。
併し、本当の所は分かりません。
と、言われた。
私の前に座ったのは、7~8歳位の男の子で、前に教会で見たと同じく女性の着物を着、
雪の様に白い肌を一尺程現わしてゐる。
そして、頭に頂いてゐるのは、真中で二つに割れた変なキャップである。
バーバー博士は帽子について、説明はしなかった。
けれど、子供の穿いている袴について、
蘇格蘭では、昔の事を忘れさせない為に、昔の様なスタイルで子供を装はせるのです。
袴地になってゐるタータン衣地(クローズ)の色は、家々によって違ひます。
マクドナルド家は何色、シムプソン家は何色と、いふ具合に昔から決まってゐます。
と、説明せられた。
大人がキルト(はかま)を着けているのは、さうでもない。
しかし、子供が白い脛を露はし、可愛ゆい靴を穿いてゐるのは、何度も言へない面白い所があった。