翌23日の朝、私達は、
シムプソン家の招待に応ずる為に、旅宿を出た。
先ず、眼に映る物は、
数數百尺否數千尺の断崖の上に立ってゐる城である。
古色蒼然として全市街を圧する様な勢いを以って、
之に臨んでいる。
詩人ラスキンは、
亜米利加には古城一つだにあるなし。
と云って、新世界の文明を憐れんだという話である。
私は、エディンバラに来て、
初めてその言葉が如何に深い意味を持っているかを知った。
プリセンス・パークの角を曲がると壮大なる一の石像がある。
これは、街の人が守護神の如くにして仰ぐ
詩人ウォルター・スコットの記念塔である。
かねて絵で見たスコットとは違って、
余裕のある顔をしてゐるし、
眼の周りには一種の愛嬌さへも見られる。
道を左を取り、公園に沿うて行くと、
此のシムプソン家の先代の石像がある。
此の人はエディンバラ大学の教授で、
クロールホルムがは魔醉劑として效験あり、
使用せらるる物である。
と、いう事を始めて発見した為、貴族になった人である。
田舎者の東京見物と同じ様に、
方々をキョロキョロ見乍ら歩いてゐた。
その為、九時に行くようにと約束して居たのに、
九時二十分頃になって、
漸く(ようやく)、
シムプソン家の御邸宅(おすまゐ)の前に来た。
お宅の前の壁には、
先代の何某が、此の家に於いて、
何年何月クロールホルムが、
魔醉劑として效験(こうけん)ある事を確かめた。
と、刻み込んである。