美しい景色が窓の外を走ってゐる。
畑が小さく仕切ってある所や
小さい家が雑木に包まれてる所等は、
日本の田舎によく似てゐる。
沿道の田舎家は、
英吉利は赤レンガ蘇格蘭は、大抵石で出来てゐる。
北の方へ進むに連れて、日本の田舎によく似てゐる。
屋根の上の煙突の数が次第に増えて行く。
蘇格蘭に行くと、日本の田舎によく似てゐる。
何処の家にもささやかな煙突が5つばかり並んで立ってゐる。
壁に這い上がっている薔薇は、日本の田舎によく似てゐる。
赤・黄・桃色と今を盛りに咲き乱れてゐる。
家の周囲には、小さな花園が作ってある。
小山の彼方此方に羊の群れがゐる。
ミューミュー
と、なく悲しそうな声は、
打ち沈んだ蘇格蘭の景色に調和してゐる。
何とも言えない詩的な感じを起させる。
夕方の景色は、また活別で、
太陽が西山に沈んだ後、
日の光でもなく月の光でもない一種異様な景色が見える。
群がり立ってゐる山を見ては、私共は、
あんな所こそ昔蘇格蘭の英雄が相争った所であろう。
と語り合った。
日は暮れた。
青々とした牧場も全く見えなくなってしまった。
午後八時半、エディンバラに着く。
停車場に着かない前からして、
私は非常なる腹痛を覚えるようになった。
なので、私は心配になったし原口も心配した。
下車するや否や大急ぎで馬車を雇った。
そして、リバプールの領事から電報で知らしておいてもらった
コーボ-ンといふホテルに行った。
ここは、スコットランド等によくある
禁酒旅館(デムペランスホテル)である。
昇降機で2階に上がり、
ベッドの上に身を横たえた時の嬉しかった事、
お腹の痛みはいくらも経たないうちに
すっかり取れてしまった。
友のない海外萬里の異郷に旅行してゐる時は、
重い病気にかかりはしまいか。
と、思ふ時ほど心配で、亦、怖いものはない。
原口が絵葉書など買いに出た間に私はお湯に這入り、
恐怖と心配とを洗ひ去ってしまった。
其の夜、遅く米国の先生から紹介してもらった
サー・アレキサンダー・シプソンのお宅から
電話が掛かってきた。
家には、病人がいるし、今は主人も不快であります。
だから、お宿をすることは堰ません。
しかし、
親類の者や何かのお引き合わせしたい。
と、思いますから、
是非、明朝、朝のご飯においで下さる様に願ひます。
と、言ってきた。
電話をかけた人は、後で考へてみれば、
サーアレキサンダーの末の嬢さんであった。