領事館は、綿花取引所の大きな建物の近所にあった。
領事は、英国人であるが、
事務所の入り口には菊の御紋章が付いている。
その下に「日本帝国名誉領事館」と書いてある。
ベルを押すと、背の高い立派な若者が現れて、
私共を丁寧に応接間に案内した。
程なくニコニコしながら入って来た人物は、
年の頃54~55と見ゆる白髪頭ではあるが、
頗る活動的に見える紳士である。
大変気持ちよく握手して、問いつ問われつしているうちに
あなた方は御子供さんは?
と聞かれる。
子供はありません。ついこのほど結婚したばかしで・・・
と、原口が答えると、
失敬・失敬・失敬
と失敬を3~4回連発せられた。
快活で滑稽趣味に富んでいる事は、
アメリカ人も叶わないくらいだ。
と、後で私達は話し合った。
優先会社の船の事、旅行の道筋等
おかげで決める事が出来たので、
私は、丁寧に礼を述べて領事館を出た。
その時は、丁度12時であった。
汽車が出発するまで、まだ間があるから
ご飯を済ましてしまおう。
と言って、初めて英国の料理店に入った。
食べ物は紐育よりは勿論安く、
ニューヨークで50銭くらいの食物が
ここでは1シリリングで食べられるのである。
ところが、この料理店に入ると、
つい2時間ばかり前まで一緒の船に乗っていた
アメリカの婦人たちが向かいに座っている。
言葉こそ交わさなかったが、
朝晩見慣れて人達であるから
陸上の奇遇に懐かしくなったと見えて、
こちらの方をきょろきょろ見ていた。
こちらも向かいの人が見て居なそうな時に盗み見る。
それで、可笑しくなってついには両方で噴出してしまった。