その2

私等は食卓に白髪の老紳士があった。

この人は船中の奇人で、食事中に手真似をしては話をするが、

その話し方がいかにも議事堂式で、

話に油が乗ってくるとナイフを持った手を上に差し上げ、

フォークを前に突き出して、

口と一緒にしきりに体を動かすのである。

その人の話が始まると、

我々は申し合わせたように黙ってしまう。

これは、感心するからではなくて、

話をする余地を与えてくれぬからである。

次は、この雄弁紳士の令夫人であるが、

これも夫に負けぬ弁者であった。

このそばに座っているこの夫婦の令嬢は、

両親とは大分違い、沈黙主義の人であった。

だが、朝から晩迄、お化粧に憂身(うきみ)をやつし、

三度の食事は抜きにしても、立派な着物を着たい。

と、いう様な人で、遊戯(ゲーム)等には全然関係しない。

だが、洗面所の大きな姿見には、

始終此の人の立ち姿が移っていた。

このような人等と、いろいろ楽しい日を送る事8日にして、

船は、一先ず愛蘭(アイルランド)の南にある

クインス・タウンに着いた。

港の入り口の景色は、

私共欧羅巴の砲台を見た事のなかった者にとっては、

一種のインスピレーションであった。

青々とした黒ずんだ砦、

ここから中へは一足も入れないぞ。

と、いった様な調子で高く立っている旗竿(はたざお)、

山の麗らかにぶつかって、玉と砕ける大波、

荘厳なる感じが、陸地を見る喜びと混じって、

言うに言われぬ感慨を与えた。

愛蘭三等客船の大部分を占めていた愛蘭人は、

皆クィーンスタウンで下りた。

船の上における彼らの生活は、一方から見ると可哀想で、

また一方から見ると楽しそうであった。

汚い風をしていかにも楽しそうに、

誰とでも手を取り合ってダンスをする。

ご飯や就床の時は、石油缶のようなものを叩いて追い込まれる。

一同うち揃って、いかにも愉快そうに行列を作って、穴の様な入り口から薄暗い臭い部屋に潜り込む。

彼らが、

自分らの境遇をみじめだ。

と、思う力がないだけ、それだけ外から見ると可哀想である。

滑稽やポンチ絵に出ている愛蘭人は、みんなこんな者であるが、私は、この時始めてその実例を目撃したのである。