その1

米国を経て、欧州に来る者は、

ヨーロッパと云う所は、古い国で、

毎年毎年沢山の移民を亜米利加等に送っている。

だから、日本のように人間が蛆の如くにわいていて、

いたるところ開墾せられる。

と、思っている様である。

ところが、来てみると、空地の多い事にはびっくりする。

イギリスでも南の方には、

大小の都市がいくつもあって、大分開けている。

しかし、北の方に来ると、広い広い牧場等ばかりあって、

人家は日本の田舎に比べて余程少ない。

さらに、北に進んで蘇格蘭に来ると、

人家の希薄な事に驚くのである。

蘇格蘭特有の石造りの家が、ここに一軒あそこに一軒とある。

これなれば、アメリカ三界迄出稼ぎに行かなくっても、

百姓でもしてゐたら仕事に事欠かぬではないか。

と、疑われる。

エディンバラにゐる時に、同地の人から

せっかくこの国に来られたのだから、

我らが誇りとする蘇格蘭の高地・ツバイランドを、

見ておいでなさい。

と、勧められた。

だから、懐かしいエディンバラに暇を告げて、

ハイランド見物に出かけたのである。

私が、

いやになってしまふ。

折角の見物に出かけようとするのに雨何か降って。

と、つぶやくのを聞いて、宿の人が笑い乍ら

雨は、ここの名物で、夏、お天気がよい日は珍しいのです。

殊に、ハイランドにおいでになると、

外は青天白日でも、霧雨位は降ってゐます。

と言ふ。

雨傘がないから、古い帽子に雨合羽を着て停車場に行った。

汽車は田舎道を北へ北へと走ってて行く。

薔薇の花で屋根も壁も包まれている住宅があるかと思ふと、

高く険崖の上に聳えてい(そびえている)古城がある。

それが、群雄割拠の昔を偲ばしめる。

1時間余りの中に汽車は、「カレンダー」という

フィッツ、ヂェームズが陣取ったという街に来た。

ここで、汽車を降りて二頭立ての馬車に乗った。

雨は相変わらず、盛んに降っている。

いくら古い帽子でも、びしょ濡れになっては困る。

髪は濡れても色は褪めないからと、

帽子をコートの下隠し、ヴェールで頬被りをして雨を防いだ。

行けど行けども、

人の住処らしい処は、ほとんど見当たらない。

目に留まる物は、

牧場に放てる子羊の群れと青々した山の頂とである。

ここらを走っている時の私は、

丁度アメリカの田舎を馬車で走っているような気持ちがした。

立ち樹の繁き所を、馬が分けて行く時に、

小枝がばさばさと頬をうつ。

斯くの如くなる事2~3時間にして、

私共は美しいホテルの前に来た。

幸いにして、雨は全く晴れた。

一休みしようと思って馬車を降りると、

ボーイが出て来て、吾々を立派な広い食堂に導いた。

スープ・コールドミート・デザートという簡単な料理に、

何でも弐圓近く払った。

これは、蘇格蘭にしては大層高すぎるけれども、

避暑客を相手にしている

亜米利加のホテル・レーストラントを思えば、

半分にも当たらないのである。