蘇格蘭にゐる時に得た最も楽しい経験の一つは、

エディンバラ大学物理学教授ノット博士の招きに、

応じた時である。

先生は構わない人であると見えて、

大学にある先生のお部屋は、地下室のような処で、

まことに汚い仕事机が真中に置かれてある。

私共が、始めて先生にお目にかかったのは、

此の大学校で、丁度、昼ご飯を食べておられた時であった。

あたかも日本の左官が大工が、

昼食を食べている時の様に、

白い粉のついた着物(コート)を着て、

土瓶を引き寄せながら何かしきりに啜っておられた。

先生のお宅も先生流にできてゐる。

蘇格蘭式の家はやはり石造りである。

前に訪問したバーバー博士等の御宅のように、

大きくもなければ綺麗でもない。

家の前には小さい庭がある。

ベルを鳴らして案内を乞ふと、

黒い服に白い前掛けの女中が出て来て、私共を招じ入れた。

夫人は中肉中背でさっぱりした

誠に寄り付き易い人である。

大喜びで私共を迎へて二階の一室に案内した。

コートや帽子を取らせた後、客室の通された。

米国では応接室と食堂は大抵階下にあるが、

英国では、応接間は二階にあるのが通則であるらしい。

20歳と15~16歳ばかりの令嬢が二人、

主人と一緒に出て来られた。

夫人は此の人々に私達を引き会わせた。

此の下に女の子と男の子が一人づついますが、

まだ小そうございます。

ですから、お客様と一緒にご飯を食べさせません。

と、説明した。

その男の子と女の子とは、

私共の顔を見たさに、掛け布の隙間から覗いていた。

そして、母様母様(かあさま・かあさま)と呼んでゐた。

公然と引き合わせて貰いたいと思ってゐたのであらう。

食堂は、庭の方を向いた綺麗な部屋で、

真中に丁度6人座るだけの食卓がある。

主婦の指図で各々席を占め、主人の祈祷が済むと、

すぐ食事が始まった。

まづ、美味しい赤茄子(トマト)のスープが出て、

次に肉と野菜、次にデザート、

次に家の庭から取って来たばかりの苺で、

差し渡し一寸もありさうな真っ赤な苺が、

真っ白い砂糖の下からチョロチョロ頭を出してゐた。