市街の喧騒を離れ、
見晴らしの極めて良い八階の一室が、
私の勉強室兼寝室であった。
初めて、この部屋に導かれたその晩ほど、
淋しい悲しい思いに襲われた事はなかった。
アルタモントのキャンプからその日来たばかりで、
まだ荷物が着いていなかったから
気を紛らす物は一つもなく、
空っぽの鏡台・空っぽの机、空っぽの衣服棚、何かと装飾のない四方の壁が、
冷たく私を眺めていた。
廊下では、大騒ぎで友を呼ぶ声、笑い興する声、
私の部屋は、もう片付いてよ。
家から持ってきたお菓子があるから
今夜召し上がりにいらっしゃいな。
明日にするわ。
今夜は兄様と芝居見に行く約束してあるから
などと言っているのが聞こえ、
私の部屋の前を行き来する足音は繁々したけれど、
私の部室の戸を叩く者は、一人もなかった。
私はただ、ベッドの上にあおむけになって、
茫然と天井を眺め、いろいろな事を考えていた。
その内外が、少し静かになった
と、思うと、
廊下の彼方に足音が聞こえだして、
それが次第に近くなり、
私の部屋の前に止まって、優しいノックが聞こえた。
お入りください。
と、言うと、声に応じて、戸を開けたのは、
美しい黒の夜会服を着た42~43歳の婦人であった。
あなた、お淋しいでしょう。
私は、ここの寮監のミス・ダニエルです。
こんなところに、一人でいらっしゃると
ホームシックになりますよ。
私と一緒に一階にいらっしゃいな。
と、誘ってくれた。
その言葉つき、歩きぶり、何から何まで上品で雅である。
私は、髪を撫でつけ、
夜の衣服を着て、迎えに来たレディについて出た。