ピアノのある美しい音楽室の階段を降りると、
広い食堂に出る。
そのそばの階段をもう一つ降りると狭い廊下で
その突き当りの最も風通しの良いのが私の部屋である。
ここで髪を結い直し、
手を洗い、新調のピンクの夜会服を着て
生まれて初めて西洋風の食堂に出た。
食堂には、真っ白な食堂が、
赤や黄やピンクの草花で飾られて、
その側にゼリーやキャンディーが調和よく載せてある。
真っ黒なスーツを着た男性・
薄色の美しい夜会服のレディ、
立派な人がどっさりいるが、
私と同じ顔色をした人は一人もいない。
この船の一等室では私一人が大和民族に属しているのだ。
田舎者の初めての西洋料理、気後れするのも無理ではない。
ナイフやフォークを持つ手が何となく震えている。
肉を切るにも力の入れ所が分からないから、
皿が一カ所に座っていない。
ハラハラしているところへ前に座っていた青年士官が
突然話しかけた時には、
百雷の一時に落ちたのかの思いをした。
外国の男子に話しかけられたのは、
これが初めてである。
文法も稽古してきたつもりだけれども
ドギマギして主客転倒した出鱈目の英語が
転がり出したに相違ない。
とくにもかくにも私一人が日本人というので、
殊更、衆目の中心になっているかと思ふと、
瞬きするにも努力がいる。
それぞれの味ものわからず、食事をすましてしまった。