八千里を踏破したる私は、今や紐育行の汽車に乗って

オルパニ―を過ぎっていくのである。

右手にはハドソン川が見える。

しかし、夜が更けていくにつれ、

雄々しきその姿は闇に覆われてしまって

飛びかふ蛍の光のみ、鮮やかに目に映るのであった。

目的地が目前の間にあるかと思うと、

緊張している心にも一種の喜びが感じられる。

9時半ごろであったであろうか、

光の波が天の一方に見えるようになった。

市中の喧騒が聞こえるようになって来た。

乗り合いの客はみな降り支度をした。

汽車は程なく紐育に中央停車場に着いた。

長いプラットフォームを人波におされて改札口に来た。

前もって電話で連絡していたので、

二人の婦人が迎えに来ていた。

一人は私の革鞄を取り、もう一人は私の手を握りながら、

私共は、

女子青年会のミス・パティに頼まれて

お迎えに上がりました。

と、丁寧に挨拶をした。

この人達に導かれ、

停車場のそばにある長いトンネルを

見たようなところを通りすぎ、

電車・自動車が絶えず往来している大通りに出た。

今から考えるとこれはレキシントン・アベニュである。

命がけでとおりを横切り、

十階もあろうかと思はれる高い建物の中に入った。

事務所らしい所で迎えに来た婦人が、何か囁くと、

若いボーイが出て来て、私の荷物を持ち、

我々を、

三方鏡になっている箱のような小さな部屋に連れてきた。

戸がピシャリと締められるより早く、

部屋は上の方に向かって動き出した。

びっくりして思わず、大きな声を出した。

これは昇降機(エレベーター)

7と云うと、番号のあるところに来てとまると、

ボーイは、先に荷物を持って廊下を通り78番室に案内した。

部屋の壁のひき釦は、

一つはボーイを呼ぶ為に用いるもので、

他の一つは電燈をつけたり、消したりする時に

用いるものとのこと。

洗面所は、廊下に出ると、直ぐ右手にある事、

朝ご飯は8時だから7時頃に起きて用意すれば良い事、

食堂は第一階にあるのだから、エレベータで下る事、

廊下にあるベルを押せば、

直ぐにエレベーターが迎えに来る事

等をば、例の婦人はねんごろに教えてくれた。

婦人達が出て行った後で、部屋の中を見廻したが、

見慣れない自分にはたいそう立派に思われた。

米国婦人の好きなピンクとホワイトとを取り合した壁紙、、

それと同じ模様の椅子、上品な西洋箪笥ワードロープ、

大きな姿見の着いた鏡、

大鏡の着いたきれいな洋服箪笥など、

室内は気持ちよいようにしたが、

疲れている自分には楽そうなベットが一番うれしかった。