私が、最初の年に取った学科は、

キャテルの実験心理学・実験ソーンダイクの教育心理学・

モンローの教育史・スーゼローの学校管理法・

ギディングの社会学・独逸語等であった。

キャテル教授は、ヴィントの高弟で、

世界で有名な実験心理学者である。

教授は、

私が籍を置こうと思っていた心理学科の首班教授であるから、

どんな教授で、どんなお講義をする人だろう。

と、先生の講義を受ける事を楽しみに待っていた。

開講第一週の火曜日、午前十時にあるというから、

私は、講義室に行ってみた。

教室の扉には、「心理学ゼミナール」と、書いてあり、

中には、細長いテーブルが一つあった。

12~13人の学生が取り囲み、

ある者は談話し、ある者は読書している。

私が入っていくと、一人の学生は直ちに立ち上がり、

椅子を持ってきて、私を座らしてくれた。

この事は、私に、何とも言え好感を与えた。

しかし、私は、これと同時に、

この教室でもまた、私のみがイブの後輩であるか

と、思い心細く感じた。

間もなく、

一人の婦人は、書物を小脇に挟んで、入ってきた。

味方を一人得た。

と、思って、喜ぶ間もなく、その人が嫌いになった。

なぜなら、その男性見た様にする歩きつき、

席に着くと、すぐ、隣の男子学生に話しかける事等、

いちいち私の好みに反していたのである。

婦人の次に部屋に入って来たのは、

西洋人としてはあまり丈の高くない

頭のはげた気難しそうな60歳前後の老人である。

彼が、キャテル博士である。

一同は、やや行儀を改めた。

博士の講義は一時間に及んだが、

私には、

感覚・知覚・記憶・連想など数個の名詞しか

聞き取れなかった。

一同、一生懸命になって、ノートを取っているが、

私には、感覚がどうしたのやら、記憶がどうしたのやら、

さっぱり分からなかった。

それでも、

全然わからぬと思われると、きまりが悪いから、

ノートを取っているふりをして、

筆記帳にいっぱい出鱈目を書いていた。