アパートメント・ハウスは、田舎には決してありません。
人口の緻密した大都会なる紐育・市俄古等に、
最も多く見られます。
殊に小さい島の上に建てられた如き所では、
横に広がる事が出来ませんから、
狭い土地に比較的たくさんの人間を、
住まはしめればばりません。
したがって、馬鹿に階段の多い高い家を建て、
たくさんの家族を住まはしめるようにして、
空間を利用せねばなりません。
ですから、大多数の人はこの種の家に住居し、
プライベート・ハウスに住み得る人は、
極めて少数の金満家の身であります。
三井や正金の支店長のお住まいは、
もちろん日本帝国総領事の官宅さえ、
アパートメント・ハウスに御座います。
ハドソン河の美しいリバーサイド公園に、
臨んで壮麗な煉瓦造りの建物が並んでおります。
高さは大抵7~8階から12階位です。
この種の家の構造を全体として知る為に、
その一つの内部に入ってみましょう。
まず、目につくのは、
入り口とホールの美しさであります。
床は勿論、四方の壁もみな大理石で、
白く塗った高い天井からは、装飾された電燈が、
そこここに下がっており、床は、美しい敷物が敷かれ、
松棕櫚など大きな植物が程よく配置され、
なんとなく生き生きした感じを与えます。
ホールの彼方に、二階に導く大理石の石段があり、
両側に電気仕掛け昇降機があって、
高い建物の昇降に不自由のないようにしてあります。
ホールの両側に、1~2間の壁を挟んでドワーがあります。
これは、この建物の中にある各アパートメント
すなわち住宅の入り口であります。
(アパートメントは通常、室部屋等と訳してあります。)
一つの住宅に一つ一つドワーが付いているのですから、
ドワーの数だけ住宅がある筈です。
第一階の光景は略斯様なものですが、
二階は異なっております。
エレベーターに乗って二階に行きますと、廊下に出ます。
廊下は、大理石または他のこれに類した石で、
敷物はしいてありません。
ここにも一階の如く1~2間の壁の合間合間に、
ドワーがあります。
3階4階それから上は、皆2階と同じ構造です。
普通、一階毎に四つくらいの住宅がありますから、
家の高さが10階とすれば、
一つの建物に40の異なった家族が住まっている訳です。
こんな多数の人が一つの建物に住まふのですから、
さぞ、騒々しく家庭などという感じが起こるまい。
と、思われますが、
壁や床が非常に注意して建築されております為に、
お隣の騒ぎや2階の足音が聞こえるような事は、
殆どありません。
それから、住宅の内部に入ってみましょう。
ドワーを開けますと、通常細長い廊下に出ます。
廊下の両側に部屋のある者もありますが、
普通その一方は極めて厚い壁で、
隣の住宅とのしきりとなり、
他の一方に沿うてのみ部屋があります。
普通、その一方は極めて厚い壁で、
隣の住宅ですと、廊下に出る前に玄関があって、
鏡台・帽子掛け・コート掛け等が、置いてあります。
したがって、光線の入る事が少ないゆえ、
廊下には常に電灯をつけておかねばなりません。
部屋の数や広さは家賃の値段で、大なる差はございますが、
ハドソン河畔のアパートメント・ハウス等は、
中流中の上流社会を相手にしています。
だから、その標準によってお話せねばなりません。
住宅に必ずなくてはならない部屋は、
寝室・バッスルーム(洗面室)・女中部屋・台所・食室・
パーラー(あるいは応接間)等であります。