エルサレムの王 ダビデの子 伝道者の言霊

私が日の下で見た悪しき事がある。

それは人の上に重くのしかかる。

神が富と財と誉れを与える人がいる。

その人は、望むもので何一つ欠ける事がない。

しかし神は、

この人が望むものを楽しむ事を許さない。

そして、見ず知らずの人が、

望むものを楽しむようにされる。

これは空しい事、それは悪しき病だ。

もし人が百人の子供を持ち、

彼の年が多くなっても、

彼が良き物に満足する事なく、

墓にも葬られなかったなら、

私は、

彼よりも死産の子の方がましだ。

と、言う。

その子は空しさの中に生まれてきて、

闇の中に去って行き、

その名は闇の覆われ、

日の光も見ず、何も知らない。

しかし、この子の方が安らかだ。

彼が千年の倍も生きても、

幸せな事に合わなければ。

両者とも同じ所に行くではないか。

人の労苦は皆、自分の食べ物の為である。

しかし、その食欲は決して満たされない。

知恵のある者は、

豊かな者より何が勝っているだろう。

人の前でどう生きるかを、

知っている貧しい人がいる。

彼も、豊かな者より何が勝っているだろうか。

目が見る事は、欲望のひとり歩きに勝る。

これもまた空しく、風を追うようなものだ。

存在するようになった者は、

すでにその名がつけられいる。

それが人間である事も知られている。

その人は、自分より力のある者と

言い争う事はできない。

多く語れば、虚しさは増す。

それは人にとって何の益になるだろうか。

誰が知るだろうか。

影のように過ごす、空しい人生において、

何が人の為に良い事なのかを。

誰が人の告げる事ができるだろうか。

その人の後に、日の下で何が起こるかを。