私の兄弟達。
様々な試練に遭う時はいつでもこの上もない喜びと思いなさい。
あなた方が知っている通り、信仰が試されると忍耐が生まれます。
その忍耐を完全に働かせなさい。
そうすれば、あなた方は、
何ひとつ欠けた所のない、成熟した完全な者となります。
あなた方のうちに、知恵に欠けている人がいませんか。
その人は、誰にでも惜しみなく、
咎める事なく与えて下さる神に求めなさい。
そうすれば、与えられます。
ただし、少しも疑わずに、信じて求めなさい。
疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。
その人は、主から何かを頂けると思ってはなりません。
そういう人は二心を抱く者です。
歩む道全てにおいて、心が定まっていないからです。
身分の低い兄弟は、自分が高められる事を誇りとしなさい。
富んでいる人は、自分が低くされる事を誇りとしなさい。
富んでいる人は、草の花のように過ぎ去っていくのです。
太陽が昇って炎熱をもたらすと、草を枯らします。
すると花は散り、美しい姿は失われます。
その様に、富んでいる人も、旅路の途中で消えて行くのです。
試練に耐える人は幸いです。
その人は、神を愛する者達に、約束された命の冠を受けるからです。
誰でも誘惑されている時、
神に誘惑されている。
と、言ってはいけません。
神は悪に誘惑される事のない方であり、
ご自分で誰かを誘惑する事もありません。
人が誘惑に遭うのは、自分の欲に引かれ、誘われるからです。
そして、欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。
私の愛する兄弟達。
思い違いをしてはいけません。
全ての良い贈り物、また全ての完全な賜物は、上からのものです。
光を造られた父から下ってくるのです。
父には、
移り変わりや天体の運行により生じる影の様な物はありません。
この父が私達を、御心のままに
真理の言葉を持って生んで下さいました。
それは、被造物の初穂にする為です。
私の愛する兄弟達、この事をわきまえていなさい。
人は誰でも聞くのに早く、語るのに遅く、怒るのに遅くありなさい。
人の怒りは神の義を実現しないのです。
ですから、全ての汚れや溢れる悪を、捨て去りなさい。
心に植え付けられた御言葉を、素直に受け入れなさい。
御言葉は、あなた方の魂を救う事ができます。
御言葉を行う人になりなさい。
自分を欺いて、ただ聞くだけの者になってはいけません。
御言葉を聞いても行わない人がいますか。
その人は、自分の生まれつきの顔を、鏡で眺める人のようです。
眺めても、そこを離れると、
自分がどのようであったか。
直ぐに忘れてしまいます。
御言葉を本当に行う人は、自由をもたらします。
完全な律法を一心に見つめています。
御言葉から離れない人は、直ぐに忘れる聞き手にはなりません。
本当に行う人になります。
こういう人は、その行いによって祝福されます。
自分は宗教心に熱いと思っていますか。
そう思っていても、
自分の舌を制御せず、自分の心を欺いていませんか。
もしそうなら、そのような人の宗教は空しい者です。
父である神の御前で、聖く汚れのない宗教とは、
困っている孤児ややもめ達の世話する事です。
それは、この世の汚れに染まらないように自分を守る事です。
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